奥明日香

奥明日香
最新のウォーキング

2008年1月31日木曜日

250㌔歩いた

昨年の大晦日に給油したが新年の一月は給油せず終わりそうだ。 走行距離、200㌔を少し越えただけ。 一方で、元日から始めたWalkingは250㌔歩いたことになる。Walkingで期待した減量はあまり成果が出ていないが。 考えてみると、還暦前も通勤他で、一日一時間以上は歩いていたので、一日一時間のWalkingでは減量は期待できないのかも。 ということで、二月の月間Walkingは、一ヶ月で300㌔としよう。

2008年1月27日日曜日

藤沢周平を読む その二

藤沢周平の、用心棒日月抄 三巻を読んだ。 順に、孤剣、刺客、凶刀。シリーズの二巻、三巻、四巻で、副題のない一巻が残った。孤剣、刺客は用心棒を隠れ蓑に、藩命を遂行する中で出会う用心棒逸話を横糸に、青江又八郎と佐知の微妙な距離感が一気に読ませる。四巻では構図が代わり用心棒ではなく、なぞの敵とこれもなぞの藩の一大事の謎を追求する話で、こちらも一気に読んでしまった。 一巻を手にしたら、一気に読むと思うが、こちらは佐知との関係に関しては、二巻以降の導入部なので、一巻の印象は、二巻以降の印象とは異なるのではと思えるが、久しぶりに面白い読み物に出会った。


本を読むのは、いずれも午前中の二時間前後のWalkingの後で、これも習慣になりそうだ。

2008年1月23日水曜日

藤沢周平を読む


藤沢周平原作の映画は見たことはあったが本を読むことはなかった。 が、読み始めた。 最初に、全集の1,2を借りて、初期の作品を幾つか読み、次に代表作といわれる「用心棒日月抄」三冊をかりて、孤剣を一気に読んだ。 庄内と思える田舎の藩と江戸を舞台に、脱藩をカモフラージュして藩命の遂行を縦糸に、江戸での用心棒暮らしの幾つかの用心棒事件を横糸に、青江又八郎と佐知の物語。初期の作品もそうだが背景は江戸時代の庶民の貧しさ。 強いけど貧しい剣豪、幸せとはいえない女性、脇役に賭博士、番頭ほか。映画の原作にピッタリの話が一杯。まだ、海坂藩は出てこないが、しばらくは読書の時間は藤沢周平が続きそうだ。
海坂藩の舞台と思われる鶴岡には、数時間しか滞在したことがないが、たずねたい町のひとつになりそうだ。


上の写真は、鶴岡の数時間の滞在の中で、印象に残った、「藪」の「鴨なんばんと地酒の俵雪」

2008年1月22日火曜日

上機嫌


久しぶりに大学の階段教室に座り若い学生に混じって、特別講義を聴く機会を得た。前夜の旅篭町での前夜祭で、上喜元の新酒を含むおいしいお酒プラス、イタリアから直輸入のこれもおいしいワイン、さらに日本酒で作った梅酒、これも絶品を堪能した夜の翌朝、6時前から目を覚まし、7時のバイキングの前に市役所前からの大学までのバスの時刻を調べ、学生気分を思い出しながらの近代的なキャンパスへ。荒木先生のお話では、60の還暦を過ぎてから入学された方もいるということでしたが、授業に出席されている学生の半数以上は、20歳未満とのことでした。
帰路、十四代、たつの落とし子を入手、上機嫌な二日間でした。

2008年1月20日日曜日

長瀞アルプス


長瀞アルプスに行ってきた。 北千住から東武線で羽生に行き、秩父鉄道の急行で、長瀞の一つ手前の野上に。 駅前には秩父鉄道ハイキングの受付があり、 500円で地図と記念品と緑のリボン、この緑のリボンが宝登山でトン汁の引き換えリボンとなる。駅前には同じ急行で到着した熟年中心の参加者、2・30名が。10:30駅前から、三々五々長瀞アルプスの登り口へ歩き出す。標識にしたがい、冬の里山へはいり、枯れ草の上の道を淡々とあるく。直ぐに、熊出没の看板があるが、温暖化で熊の冬眠にも影響が出たのか。
長瀞アルプスは、名前から想像されるコースではなく、秩父の是前衛の里山という感じで、淡々とした気持ちの良いコース。 幾つかの峠を抜けて、車道にでてからしばらく車道をあるき最後の、宝登山への二百段の階段を登ると、497㍍の宝登山山頂。山頂の近くには、蝋梅見物のハイカーが大勢。 宝登山へは長瀞側からロープウエイもあり一月の蝋梅、二月の観梅客の手ごろなコース。12:03着。 アンパン二つと、トン汁で昼食。 40分で長瀞に表参道を下る。

2008年1月18日金曜日

ウォーキング


一日一時間で始めたウォーキング、週七万歩を達成するためには一日一時間では足りなさそう。 週に一度は、20㎞前後は歩きたい。

2008年1月17日木曜日

60からの男の料理教室

料理教室三回目は、鯖のみそ煮、けんちん汁、ほうれん草の胡麻和えの三種類。 和食の基本は一汁三菜だそうだが料理教室の時間ないでは三点。三回目ともなると調理への抵抗感はうすれ手の動きはスムーズに野菜を処理できた。鯖のみそ煮も思ったより簡単に。 料理教室の翌日、鯖のみそ煮とけんちん汁を調理。ほうれんそうの胡麻和えは前日に。鯖のみそ煮は、みそが粒のあるものだったり、みりんが切れていたりしたが、出来上がったものの味は、料理教室に授業料を払っている成果はある。けんちん汁も出汁をちゃんととり、野菜の処理もテキストどおりだったので、これも合格点。料理教室、月一回から、週一回に増やしても面白いのではと思うようになった。 挑戦したいのは、ケーキ作り。

2008年1月10日木曜日

陶芸教室入門


陶芸教室に入門した。 毎月四回半年の初心者コース。まずは、土を三㌔ほどテーブルの上の板の上に置き先生の土を捏ねる姿を見てから捏ね始めるが、これが思った以上に力が必要。初めての経験なのでコツも分からず、力任せで直ぐに汗が滴り落ちる。先生はやわらかさが足りないということで、土に指で穴を作りそこにスポンジで水を加え、捏ねる。捏ねかたには”菊捏ね”ともう一つあり、まずは最初の捏ねかたを教わるが、身につくほどの練習量ではなく、初日の習作のための菊捏ねは先生が、80回ほど捏ねて材料を仕上げる。 初日の作陶は、コーヒーカップ。まず菊捏ねを終わった土の塊を、型紙に併せて平らにし、厚さ6㍉の厚さに糸を使い三枚に下ろす。次に型紙に併せて、矩形に切りそろえ、余った土で回転台の上に、底になる部分をやはり厚さ7㍉で平らにし、次に円筒形のパイプで底の円形に切りとる。次に、のりしろ部分に小さな熊手ですじを着け、そこに水で溶いだ土をつけ、底の上においた円筒パイプを型紙で作った矩形の土を巻き、一㌢ほど重なるように巻く。次に取っ手をつけるが、15㍉x6㍉x10㌢の取っ手をつくり、真ん中部分を凹ませて、先に作った円筒状の土の上に付ける。 このときも、付ける部分を小さな熊手ですじを付けておき、水で緩めた土を接着剤がわりに付けておく。 取っ手をつけたら、補強のひも状の土を、取っ手を取り付けた上の部分につけて接着量を増やす。次に底の部分の円周上の土を整形し、スポンジで周辺をきれいにし、円筒状の上部外周を滑らかにする。 これが終わると、回転台のコーヒーカップの形になった円筒の底部を糸で切り離し、円筒パイプをつかみ、回転台から持ち上げ、底の部分にイニシャルを刻む。その後、紙の上に円筒形のコーヒーカップを置き、回転台の残った槌をきれいにした上で、その上に置く。 次に、円筒パイプ、パイプの周りにはパイプを土がくっつくのを防ぐために布を巻いてあるが、円筒パイプをまわしながら外し、布も取り去る。その後で、コーヒーカップの内側の底部の外周部を補強するために、土をひも状にしたものを、底部の周辺に置き、底部の補強を行う。ひも状の土を配した後で、ベースの土と馴染むように木のへらで、整土を行う。見た目に整土されたあとで、スポンジで内部を滑らかにし、作業終了。 初日は、以上を三回実施。 一回目は半分以上の作業を先生が行い、二個目、三個目は生徒が行うが、最初に見た製法を全て暗記しているわけではないので、時々先生のガイドを確認しながら行ったが、三個目の時には円筒形がちょっと傾く始末。 それでも、三個目を作ったときは、三時間のクラスで、二十分を残すだけ。 残り時間であまった土をまとめ、使ったテーブル、木のへら当のクリーニング。一通り済ませて、陶芸教室最初の成果を写し終了。 この後、素焼きに向かうそうだが、二・三週間かかる模様。

2008年1月8日火曜日

地元のウォーキング


一日一時間のウォーキングを続けるには何らかのガイドがあると容易では。 ウォーキング関連の検索で地元のコースを探索し、一時間コースにアレンジ。 今日も、一時間コースをガイドに従い歩いたら、半径30分の範囲にも歩けるコースがあることに気がつく。今日も、そのような発見があった。 近くの路地と思っていた細い道に沿って、野馬土手という昔の放牧場を囲んでいた土手の名残が残っていることを発見。 残っているといっても保存されているというより残骸という感じの残り方だが。周囲の畑が開発されると新たな道路が作られ、そのつど、削られていくようだ。野馬土手で検索すると、「野馬土手はないている」という著作を発見。各地の野馬土手の同様の状況への告発本か。最近、世界遺産という動きがあるが、歴史的構築物への遺産にたいする世界遺産を頂点とする裾野への対応を見ることで、その国の品位が見えるというものではないのかな。

2008年1月7日月曜日

高尾山


週に一回のトレッキングを目標に、一回目は高尾山に行った。昨日までの冬の晴天が、一転曇りの寒い日に。7時半ごろ家を出て、高尾山口についたのは、十時過ぎ。10時15分ケーブルカー口から稲荷山コースへ。昨日は、平地で15℃ほどあったが、この日は10℃以下。上のほうは5℃前後の寒さ。11時20分ごろ山頂下につき、山頂に向かわず、一丁平へ。このコースで出会う人はほとんど熟年、若い人は数えるほど。一丁平コースはきれいな霜柱が見れるそうだが、道端にあるのは崩れたものだけ。一丁平では長居はせず、高尾山頂へ向かい、12時20分、高尾山頂。 この辺にくるといろいろな服装の人々や子供連れも目に付くように。やはり長居はせず、薬王院へ。寒いのと汗でぬれた下着が冷たくなり、山頂駅からリフトで下って、まっすぐに高橋屋へはいり高尾山を常温で胃に流すがそれでも暖かくならず、暖かいとろろそば大盛りを頼み、温まることに。 ハイキングの時間、三時間。 京王線、中央線・総武線で船橋に着くころには、雨が降り出す寒い一日だった。

2008年1月4日金曜日

筑前煮 その二

大晦日に調理した筑前煮が我ながらなかなかのものだったので再挑戦。 インターネットで筑前煮のレシピーを見ると、四人前の素材、調味料の使用する量がばらばらであることに気づき、それでもテキストを参考に素材を準備。気持ち、日本酒、みりんを増やし調理時間に二時間費やし、出し巻き卵もつくり終了。出来栄えは夕食の時の家族の反応を待つだけだが、そんなに悪い反応は出ないのではと思うが。 何度か台所に立ってみて、台所の狭さが気になった。 家を作るときはシステムキッチンのレイアウトで決めていたが、必ずしも調理する立場での要件は考慮しなかったと思う。 スペース、資金の制約からあまり選択肢はなかったのだが、実際に調理する立場での利便性は考慮していなかった。 でも調理、数回の立場で利便性を云々するのも身の程知らずかも。

筑前煮 その二、味は自画自賛物でした!!
(19:50)

2008年1月3日木曜日

ウォーキング

元旦から三日で、21.5km歩いた。 一日、一時間を基準にまずは家の周りからあるいた。歩くといろいろなことに気がつく。 ①歩道がない 家から最寄の駅まで歩道もセンターラインもない道センターラインがあっても歩道がない または白いラインでごまかしている ② 道路に名前も、街角に住所もない 最寄の施設への案内はないが、地震の時の避難場所があるだけ、地域の地図もない ③ 旧街道も国道中心で車優先要するに、歩く人を優先した街づくりになっていない 等々 でもウォーキングしながら住んでいる地域の全く知らない面に出会える楽しみもある。 しばらくは地図を持たず、迷路を歩く気持ちで歩き回りたい。 幸いなことに西高東低で関東地方は晴れの日が続くようだ。

2008年1月1日火曜日

2008年元旦


2008年謹賀新年 2008年新年の幕開けは、仁左衛門という豪勢な朝です。今年の、抱負、一日一時間のウォーキング、週二日のアスレチック、毎月三回の、トレッキング、毎週、四冊の読書、それと毎晩の美酒!!